ひょうすんぼ

宮崎の田舎町、都農町についてとその他色々

歴史・民俗

祖父母の話し

前回の記事の続きのようなものである。 まずは祖父の話し。祖父は都農の家で生まれ、育ち、亡くなった。曾祖母に相当甘やかされて育ったらしく、お坊ちゃま気質であった。中学を出た後は家業の馬車屋を継いだが、継いだときには経営が傾いていた。そのため祖…

都農の家の話し

都農にある祖父母の家について記事を書いてみようと思う。興味がある人はいないと思うが 笑 比較的珍しい名字で全国にも1000人もいない。秋月家に仕える臣下が名乗った名字のようだ。宮崎、福岡に見られる。 家に家系図があるような立派な家ではないので…

延岡の三輪神社

都農からだと、延岡は宮崎と同じくらい遠い。ちょっとした買い物は日向や高鍋で済み、出かけるならば宮崎市まで行ってしまうため、延岡に行くことはあまりない。高穂や大分に行くときに山沿いの道を通るぐらいだ。そのため延岡のことはあまりわからないのだ…

民俗学への思い

都農への思いと同様に民俗学への思いもいずれ書かなければならないと思っていた。これも同じように文章にするのが難しく、とりとめのないものになってしまった。 民俗学者の文章に一番最初に触れたのは中学3年の時に読んだ「遠野物語」であった。夏休みの読…

都農神社の御神体

都農神社の本来の御神体とは何だったのであろうか。町史や都農神社の方に記載がないため、現在の御神体は何なのかよくわからない。 ただ1578年に都農に大友宗麟の軍勢が乱入した際に御神体を矢研の滝近くまで避難させたとの記述や、1878年の西南戦争…

宇納間の地蔵

宇納間(うなま)の地蔵は美郷町の北郷地区の中心地にある。以前から思っていたのだが、宮崎には東西南北+郷の地名が多くややこしい。北郷が南郷の南にあったり、南郷が2つあったりとよくわからないことになっている。 美郷町は10年ほど前に南郷村・西郷…

都農の地蔵

湯の本にある都農の町営墓地の側に地蔵がある。都農には小さな地蔵がたくさんあるのだが(これについてはいずれ記事を書く)、ここの地蔵は子の健やかな成長を願うものである。 地蔵に子の健やかな成長を願い、よだれかけを奉納するのは全国的によく見られる…

都農の祭り

都農の祭りは県内でも有名で、都農の人たちも誇りを持っており、毎年楽しみにしている。私もここ数年行っていないが、祭りの時期にいとこ達がやってくるのもあって小さい頃は楽しみにしていた。 神功皇后が都農神社で新羅征討の祈願をしたという伝承に基いて…

ひょうすんぼについて

当ブログの名前にもなっている「ひょうすんぼ」は、都農あたりでは河童を指す。ひょうすんぼ(ひょうすべ)という呼び方は宮崎・佐賀を中心に九州一帯で見られるようで、兵主部が語源など諸説ある。ナスが好物だったり、毛深かかったりとカッパとは違った特…

民俗資料の管理

5月ごろに都農に隣接する木城町において民俗資料が無断廃棄されるという事件があった。 宮崎・木城町が民俗資料を無断廃棄 : 文化 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE) 要約すると、町に資料を預けていた住民からの返還請求によって今回の事件は発覚した。教育長…

尾鈴山について

都農といえば何を思い浮かべるだろうか。ワイナリーや都農神社、尾鈴山あたりだろう。最近だとトマトも有名だ。つのぴょんという最近出来た謎のゆるキャラの頭の上に全て乗っかっている。 」 つのぴょん紹介 そんな都農の顔とも言える尾鈴山が、山の方を眺め…

都農神社と三輪氏

明治末の都農町の地図を見ていると、都農神社周辺に三輪姓が集中している。他の地域にも三輪姓はいるものの、都農神社周辺にだけ明らかに密度が高い。 三輪 - 苗字でポン! ネットの電話帳 2012 三輪氏といえば大和の一宮である大神神社でも有名であり、日本…

「都農」の由来について ※追記

都農(ツノ)という地名を見てどんなイメージを持つだろうか。 漢字を素直に解釈すれば「農(業)の都」。いかにも地方の田舎町という感じだ。実際、漢字の意味が大まかにわかってきた子供のころの私も田舎っぽい名前だと思った。 そんな地名はどのようにし…