ひょうすんぼ

宮崎の田舎町、都農町についてとその他色々

2016-01-01から1年間の記事一覧

「九州南部地方の民風」について

柳田国男の初期の著作「九州南部地方の民風」において都農近辺のことが言及されているのだが、いくつか気になる点があったので触れておく。 以下引用 宮崎もまた純然たる新開地の町でありまして、土語方言というものだなく、諸国語の混合であります。この土…

「遊動論 柳田国男と山人」②

前回の記事の続きです。 さて、柳田の椎葉村=ユートピア論であるが、立論の時点を彼が訪村した明治四十一年七月以降と仮定して考察する。というのは、資料6と7で実証したように、少なくとも十八世紀中葉(寛永四年)における焼畑共有地配分には歴然たる格…

「遊動論 柳田国男と山人」①

柄谷行人の柳田国男論には大きな影響を受けた。しかしながらこれについては自分なりの批判もある。そこで「遊動論」についての批評を書いて行きたい。量が多いので2回にわけて書こうと思う。今回は「遊動論」のベースにある「協同自助」の思想についての理…

都農高校

都農高校の閉鎖が決まった。以前から閉鎖の話しはあったのだが、正式に決まったようである。 学区制の時代は賑わっていて、都農中学からは半数ほどが都農高校に進学していた。残りの半分は同学区にある高鍋高校に進学しており、私の親も高鍋高校であった。し…

県議会の話し

更新頻度が落ちてしまって申し訳ない。やはり都農に帰らないと調べられないことが多く、東京では出来ることは少ない。とはいえ民俗学の本は読んでいて、今学期からも新たに民俗学関連の授業をとっている。(私の大学では昨年度から4学期制をとっているので…

日吉神社の八王子山

先日滋賀県にある日吉大社に行った時の話しである。西宮、東宮への参拝を済ませ、1キロほどの急な坂道を登り奥宮に辿り着いたところ、あるおばさんに声を掛けられた。この先にご利益のある場所があるのだけれど、道が整備されておらず一人で行くのは怖いの…

ふるさと納税

ふるさと納税の時期がやってきた。私自身はまだ親の扶養に入っているのでふるさと納税をするということはない。しかし親はふるさと納税をするようだ。 都農はふるさと納税に力を入れているようで、トマトから牛肉、ワインまで幅広い物産を取り扱っている。詳…

ニギハヤヒ

以前都農神社の祭神について書いた記事において都農神社の祭神は大物主ではないかという考えを示したが、考えを改めたので新しく記事にした。考えれば考えるほどよくわからなくなるので、暫定的なものと思って読んで頂きたい。 まず都農神社の現在の祭神は大…

都農の磐座信仰

大神神社に行ってきて色々と考えが変わったので、改めて記事を書きたい。 以前は都農に移住してきた三輪氏が都農にある尾鈴山を三輪山に比定したのではないかと考えていた。しかし三輪山を訪れたところ、尾鈴山と似ても似つかぬ山であった。そのため以前の考…

大神神社

暇だったので、京都・奈良をぶらぶらしてきた。三輪氏の関係で都農神社と縁のある大神神社を訪れたので記事にしてみようと思う。 訪れたのは11月1日の朝10時ごろ。三輪駅から徒歩5分ほどで境内に着いた。平日であるにもかかわらず思いの外混んでいて驚…

吉備津神社について

都農町史に付属している明治末の地図によると木戸平に吉備津神社跡があったということが記されている。江戸時代には村社として信仰を集めていたようだ。戦後に木戸平神社として合祀されたという記述があるのだが、どこにあるのかわからない。 吉備津神社は吉…

都農の方に聞きたいこと

都農の方に聞きたいことをまとめてみました。 このブログを都農町民の方が見てくださっているのかはわかりませんが、もし見てくださっている方がいて、以下のことについて何か知っていることがあるのであれば、教えていただけると嬉しいです。

「馬韓と百済と南九州」展

何かしら記事を書きたいと思うのだが、ネタがなくて困っている。大学で民俗学の授業があったのでとっているのだが、柳田国男の思想がメインでなかなか都農と関連させ辛い。もっとも私は民俗学よりも日本政治思想史に興味があり、柳田国男の思想にも関心をも…

都農の読み

現在の考えについては右記を参照ください。目次 - ひょうすんぼ 都農を「つの」と呼ぶか「つのう」と呼ぶかについてのコラムが広報つのに掲載されていた。 広報つの|都農町 2011年3月号 都農(つの)を以前は「つのう」と呼んでいたという話しを夏に帰…

祖父母の話し

前回の記事の続きのようなものである。 まずは祖父の話し。祖父は都農の家で生まれ、育ち、亡くなった。曾祖母に相当甘やかされて育ったらしく、お坊ちゃま気質であった。中学を出た後は家業の馬車屋を継いだが、継いだときには経営が傾いていた。そのため祖…

都農の家の話し

都農にある祖父母の家について記事を書いてみようと思う。興味がある人はいないと思うが 笑 比較的珍しい名字で全国にも1000人もいない。秋月家に仕える臣下が名乗った名字のようだ。宮崎、福岡に見られる。 家に家系図があるような立派な家ではないので…

地域おこし協力隊 ※追記あり

都農が地域おこし協力隊を募集している。出来ることならば参加したいが、応募条件にある都農に生活拠点を移すことというのが厳しい。将来的に田舎に移住することも選択肢の一つとして考えているが、大学卒業してすぐに移住するのはまだ早い。 地域おこし協力…

延岡の三輪神社

都農からだと、延岡は宮崎と同じくらい遠い。ちょっとした買い物は日向や高鍋で済み、出かけるならば宮崎市まで行ってしまうため、延岡に行くことはあまりない。高穂や大分に行くときに山沿いの道を通るぐらいだ。そのため延岡のことはあまりわからないのだ…

縮小ニッポンの衝撃

25日の夜のNHKスペシャルで縮小ニッポンの衝撃という番組が放送された。以下のリンクでは放送の内容が良くまとめられているので、興味のある方は参照していただきたい。 news.mynavi.jp 以前の「増田レポートと都農」という記事でも書いたが、都農町も近い…

都農とヤマト政権

古代における都農とヤマトとの繋がりをまとめたメモ書きのようなものです。いよいよ記事がネタがなくなってしまった... ①古墳 都農の海岸沿いに前方後円墳が2基確認されている。前方後円墳はヤマト政権の広がりを示す典型的なメルクマールだ。 ②神話 都農神…

高鍋大師

高鍋大師は高鍋町の中心部から少しはずれた台地の上にある。岩岡保吉が近くにある持田古墳群に胸を痛め、750体の石像を建てた。あまり上手ではないが、不気味さと愛嬌とが両居している。台地の上にあるので、眺めも良い。 高鍋町 | 観光 | 高鍋大師 | 高…

高千穂観光

高千穂は天孫降臨の地として知られており、県外からの観光客も多い。もっとも熊本からの方がアクセスが良いため、熊本とセットで行く人が多いのだが... 以前は鉄道が通っていたが、台風で路線が壊れて以降廃止されているため、今は車で行くほかない。私自身…

民俗学への思い

都農への思いと同様に民俗学への思いもいずれ書かなければならないと思っていた。これも同じように文章にするのが難しく、とりとめのないものになってしまった。 民俗学者の文章に一番最初に触れたのは中学3年の時に読んだ「遠野物語」であった。夏休みの読…

都農神社の御神体

都農神社の本来の御神体とは何だったのであろうか。町史や都農神社の方に記載がないため、現在の御神体は何なのかよくわからない。 ただ1578年に都農に大友宗麟の軍勢が乱入した際に御神体を矢研の滝近くまで避難させたとの記述や、1878年の西南戦争…

都農への思い

そろそろ記事のネタがなくなりつつある。東京にいると親に聞き取りするか、町史を読むかぐらいしか都農調査に関してはすることがない。一番興味を持っているのは日本政治思想史なので、民俗学系の本はその片手間に読んでいるだけで、なかなか読み進められな…

宇納間の地蔵

宇納間(うなま)の地蔵は美郷町の北郷地区の中心地にある。以前から思っていたのだが、宮崎には東西南北+郷の地名が多くややこしい。北郷が南郷の南にあったり、南郷が2つあったりとよくわからないことになっている。 美郷町は10年ほど前に南郷村・西郷…

宮崎南部の観光

①青島 青島には何度も来たことがある。宮崎空港から近く、アクセスがいい。バブルの頃は新婚旅行などで観光客が多く、賑わっていたようだ。青島のビーチで泳ぐことも出来るが波はないので、サーファーは近くの木崎ヶ浜に行く。 青島は海幸山幸の神話の舞台と…

都農の地蔵

湯の本にある都農の町営墓地の側に地蔵がある。都農には小さな地蔵がたくさんあるのだが(これについてはいずれ記事を書く)、ここの地蔵は子の健やかな成長を願うものである。 地蔵に子の健やかな成長を願い、よだれかけを奉納するのは全国的によく見られる…

椎葉村(追記あり)

椎葉は都農の人からみても田舎というイメージがあり、勝手に魔境のようなイメージを持っていた。実際日本三大秘境にも選ばれているようだ。祖母が材木を見に行ったことがあるぐらいで、周囲に行ったことがある人もあまりいなかった。しかし民俗学の聖地とも…

都農の祭り

都農の祭りは県内でも有名で、都農の人たちも誇りを持っており、毎年楽しみにしている。私もここ数年行っていないが、祭りの時期にいとこ達がやってくるのもあって小さい頃は楽しみにしていた。 神功皇后が都農神社で新羅征討の祈願をしたという伝承に基いて…