ひょうすんぼ

宮崎の田舎町、都農町についてとその他色々

地域おこしのあり方

 ふと考えたことを書き連ねるだけなので、とりとめのない文章になると思います。久しぶりの更新なのに、すみません。

 

 以前大学の講義で、とある町の地域おこしをしている方たちの話を聞くことがあった。

 夜行バスに乗ってはるばるやって来てくださり、100枚以上のスライドで丁寧にその町の地域おこしについて説明してくださった。

 中心となっているかたの熱量はすさまじいもので、70近いにもかかわらず一人で森を切り開いてヘリポートを作ったり様々な活動をしていた。

 中でも印象的だったのが、町のシンボルであるクスノキの周辺を整備した話だった。枯れかけていた大楠を町村合併の際に統合後の町のシンボルにしようと整備したのだ。周囲の田畑を買い取って根に負担がかからないようにし、木の支えを作るなどの努力が功を奏し、枯れ果てた木は復活して町のシンボルとなった。

 

 話を聞いたあとでふとあることが気になった。地域おこしといっても企業を誘致しようだとか、地場産品を売り出そうとかそういった話がほとんどないのである。

 気になって教授に質問してみると、これが今のまちづくりのあり方らしい。かつては経済的な町おこしが中心であったが、今は文化的な町おこしが中心となっている。

 教養ある地域の人が中心となって、自分たちの暮らした町はこんなに立派だったのだという誇りを見つけようとする終活のような町おこし。今はこのようなタイプの町おこしが多いそうだ。

 そういう意味で経済的町おこしをさせようとする、国の方針とは若干の齟齬があるのであろう。

 どちらが善いとも悪いとも思わないが、都農はどちらのタイプなのだろうかと思った。ただそれだけの記事である。