宮崎の城
宮崎県内にある城をいくつか訪れたので、観光案内として記事にしました。
1.飫肥城
百名城にも選ばれた城で、日向を代表する戦国大名伊東氏と九州を代表する戦国大名島津氏の係争地となった城です。
現在は復元された門があるのみですが、空堀が一部残っています。正直に言うと城としての見どころはあまりません。しかし周辺には風情のある街並みが残っており、そちらの方は見応えがありました。
また城の側に飫肥出身の小村寿太郎の記念館も新しく建設されています。
2.佐土原城
佐土原藩の本拠となった城です。山城ですが、江戸時代の初期には山城の方は破却され、麓に移ったようです。
麓には鶴松館という資料館が建っています。ただし土日祝日しか開いていないので注意が必要です。(私は行けませんでした...)近くの交流センターにパンフレットや資料があるので、平日は先にそちらに寄って行くことをおすすめします。
鶴松館の裏手に大手道があり、そこから登っていきます。道は狭く、あまり整備されていない印象を受けますが、地形は残っています。本丸は道からは想像出来ないほど広く、往時は天守があったようです。
※追記
続百名城に延岡城とともに選ばれました。
http://jokaku.jp/wp-content/uploads/2017/04/bf93ec3a1c5eefad5b2c6e528ade2f20.pdf
3.都於郡城
佐土原城からすぐ近く5キロほどの場所にあります。戦国時代は伊東氏の居城となっていました。
典型的な中世山城で巨大な空堀や土塁が用いられています。隣県の大分県竹田市にある岡城と見比べればその違いは一目瞭然でしょう。同じ山城の佐土原城に比べると遥かに規模が大きいです。
近くに資料館などないですが、これだけ巨大な遺構がはっきりと残っているのは珍しく、見ごたえがありました。宮崎県内の城では一番おすすめです。
4.高城
以前訪れた際に記事を書いているのでそちらを引用します。文体が大分違うので違和感があるかと思いますが...
高城は日向国の中心である現在の西都市に向かう道上に位置する要衝の地で、付近では大きな合戦が二度あった。
一つは耳川の戦いだ。最近は小丸川の合戦や高城川の合戦と呼ばれたりもする。大友氏と島津氏との合戦が行われた戦いで、島津氏お得意の釣り野伏により大友軍が大敗した。
もう一つは根白坂の戦いである。秀吉の九州征伐軍と島津軍との戦いで、島津軍が攻めきれず敗北し、この敗戦を受けて島津氏は秀吉に降伏した。
このように大きな戦いの舞台になっているにもかかわらず、その知名度は低く、残念である。
高城は台地の上に立っているが、それほど高い台地ではなくすぐに登ることが出来た。舌状の台地になっているため三方を崖に囲まれている。、残りの一方には何十にも堀が設けられていたようで、現在でもその遺構を確認出来る。
城の跡地は公園になっているが、誰もいない。申し訳程度に櫓を模した時計台が建っており、上に登ると木城の中心部が一望出来た。
高城を降りてすぐのところにある切原川沿いの原っぱに耳川の戦い跡地がある。今は何もないが、私は戦国時代好きでもあるので、布陣を想像して楽しむことが出来た。
西都市方面へ4、5キロほどの丘に根白坂の戦い跡地がある。ここも今は畑となってしまって何もない。