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ひょうすんぼ

宮崎の田舎町、都農町についてとその他色々

郡衙

 三輪貞夫さんが編集した「神社探訪 都農」に興味深い話しが載っていた。以下は太字は引用

 

ある識者の説

 滝神社の近くには、弥生時代の竪穴式住居跡の一部が確認された境ヶ谷遺跡、古代土器の出土を見た京塚、黒石などの遺跡が存在しており、ある識者は、不明としながらも「日向の国一之宮都農神社があり、その西に西の郡という集落があることから都農神社付近に駅家を兼ねた郡衙の存在を指摘し、当駅の比定はこれに続く児湯駅、当磨駅を何処に比定するか、また国府に駅家があったのか否かという問題と密接にかかわる」と述べている。

 

 都農に遺跡が多いのは確かに事実である。しかし川南、高鍋、西都に比べれば古墳の数は少ない。遺跡と古墳では時代が違うという反論もあろうかと思うが、郡衙や駅家という律令制が展開されてからの時代について議論する以上、弥生時代の遺跡よりも古墳を重視すべきである。

 補足すると郡衙とは郡の統治の拠点であり、現在の市役所のようなものである。ここでいう郡衙とは児湯郡郡衙を意味すると思われるが、同じ児湯郡国府国分寺を有する妻が存在する以上、都農に郡衙の存在があったと考えるのは厳しい。

 駅についても補足すると、古代の官道上に設けられた施設で、馬の交代などを行った。都農駅(去飛駅と記述されているが、都濃の草書体を誤記したとする説が有力)は都農にあったとして間違いないであろう。当磨駅は佐土原だと推定されている。

 西の郡という集落がどこにあるかはわからないので、これについては調べてみたい。