ひょうすんぼ

宮崎の田舎町、都農町についてとその他色々

歴史・民俗

南原繁と折口信夫 その四

一応柳田の祖霊信仰(固有信仰)が神道の普遍宗教化につながる可能性について考えてみる。祖霊信仰はその名が表すとおり、祖先信仰が根底にあり、丸山の南原に対する批判がそのまま当てはまる。柳田の祖霊信仰においては氏族的な性格は弱められているという…

南原繁と折口信夫 その三

折口信夫の神道普遍宗教化については柄谷行人氏が「遊動論 柳田国男と山人」において批判している。ただしタイトルにもあるようにあくまで柳田国男論が中心で、柳田国男の固有信仰と対比する形で折口を批判している。(第四章の5 p157~166) Amazon CAPTCHA…

南原繁と折口信夫 その二

前回の記事の続きになります。今回は前回取り上げた南原繁と折口信夫の論考についての批判になります。 南原繁に対する批判は丸山真男によってなされました。1964年に行われた南原繁と丸山真男の座談会において南原は以下のように述べます。 民族の個性…

南原繁と折口信夫 その一

ネタが尽きつつあるので、論考を。 南原繁は戦後最初の東大総長を務めた政治学者である。一方で折口信夫は民俗学者である。両者はかなり異なる背景を持ち、対談などといった形で積極的な交流を持たなかったと。しかし両者とも同じ時期に同じようなことを考え…

古代日向の国

「古代日向の国」 西都原古墳研究所所長 日高正晴、1993年、NHK BOOKS Amazon CAPTCHA 古代日向の国がタイトルではあるが、内容の中心は児湯地域となっている。西都原古墳研究所所長が著者ということもあって西都贔屓な記述なのではないかと感じなくもな…

都農の方に聞きたいこと 改訂版

以前も同様の記事を作成したのだが、半年以上経って聞きたいことも変化したので、改めて作ることにした。 各質問に関連した記事を質問の下にリンクしたので、興味のあるかたは覗いてみてください。 これらの質問以外の関することでも何かありましたら、コメ…

郡衙

三輪貞夫さんが編集した「神社探訪 都農」に興味深い話しが載っていた。以下は太字は引用 ※ある識者の説 滝神社の近くには、弥生時代の竪穴式住居跡の一部が確認された境ヶ谷遺跡、古代土器の出土を見た京塚、黒石などの遺跡が存在しており、ある識者は、不…

延岡の諸神社

1.三輪神社 三輪氏の痕跡が見られる地ということで行ってみた。五ヶ瀬川沿いに延岡市街地から登っていき、ちょうど高速の下のあたりにある。祭神は三輪系ということで大己貴命である。 神社そのものは地域にある普通の神社という感じがしたが、この地は下三…

日向国都農町史

「日向国都農町史」,都農町教育委員会, 1955年 1998年に発行された都農町史の一個前のものにあたる。現在の都農町史に比べると薄く、200ページにも満たない。記述には推論や確証のない話が多く、現在の都農町史に載っていない内容が多い。その意…

西都について その2

1.石貫神社 西都の市街地から米良方面に少しはずれた地にある。この周辺には神話の伝承地が密集している。地区名が三宅となっているのだが、ヤマト政権の直轄地であった屯倉がその由来だと思われる。このことがその密集と関係しているのだろうか。 石貫の…

耳川の戦いと都農

耳川の戦いは、最近は小丸川(高城)を耳川と誤記したのではないかということで高城川の戦いとも言う。都農でも激戦があったようだ。 まず大友軍の南下を島津軍が都農で迎撃したのだが、すぐに破れ大友軍は高城まで進軍した。恐らくその際都農神社が焼き払わ…

川南の諸神社

1.白鬚神社 木城との境にある。浦島太郎が最後にたどり着いたという伝承も残されている。御神体は後ろにある山で、修験者の修行場となっていたという。 白鬚神社の総本山は琵琶湖畔にある。宮崎市内にも白髭神社があり、そちらは伊東氏が日向に下向した際…

米良について

米良にはもともと東米良と西米良が存在し、東米良は現在西都市に属している。西米良は現在も西米良村として存続し、山奥にありながらも一風変わった村政で人口現象を食い止めている。 1.銀鏡(東米良) 米良街道からそれて山道を10キロ弱行くと銀鏡地区…

都農の諸神社 その二

今後は5日に一度の更新という形で、定期的に更新していこうと思います。 1.瀧神社 ワイナリーに行く途中にあります。かつては都農神社の奥宮であったようです。その名の通り、社殿の裏に滝があります。滝といっても水量は少なく水が滴り落ちる程度です。 …

都農の諸神社 その一

都農には日向国の一宮たる都農神社がありますが、それは以前書いたので、今回は都農にある小さな神社について記事にしました。 三輪貞夫さんが編集した「神社探訪 都農」は大変が参考になった。ファイルをまとめたような形であったので恐らく出版はされてい…

備忘録

色々お話しを伺うことが出来たので、それについての備忘録です。 1.都農の夏祭りについて 2階から御輿を見下ろすのは失礼とされた。 昔は朝浜まで塩を採りに行き水を撒いていたそうだが、なくなってしまった。 都農の祭りの見どころである御輿のぶつけけ合…

網野善彦について

網野善彦の研究領域はもし分類するならば、歴史学となるであろうが、民俗学にもかなり近い。民俗学的な研究が歴史学に反映されたかたちとして興味深い。 民俗学についての記述が多いのは以下の「宮本常一『忘れられた日本人』を読む」であろう。非常民に注目…

「山民」と「山人」の混同

柳田国男はいくつかの著作で「山民」と「山人」という言葉を用いていますが、この両者を混同してしまったかたは多いのではないでしょうか。私も最初に読んだ時は混同してしまい、柄谷行人さんの「遊動論」を読んで両者の違いに気付きました。 今回は「山民」…

問題意識

自分の中の問題意識の一つとして格差というものがあります。共産主義的な思想を持っているからでも、搾取だなんだと喚き散らしたいからでもなく、ただ単に中産階級の減少による社会の不安定化を危惧しているだけです。 そういう背景で注目したのが「協同自助…

湯ノ本

都農には湯ノ本という地名がある。(墓のあたりです。)都農は岩盤が硬く分厚いため、温泉が湧かないのですが、このような地名があるわけです。何故なのかと思い調べてみると、二つの説が見つかりました。 一つは広報つの2015年10月号p21に載っているもので…

親分子分③

親分子分②の続きになります。 今回は更に踏み込んで親分子分を中心とした社会形態がどういった倫理意識をもたらし、それがどういう結果となったのか考えていきます。考えなければならないことが多く、まだ試論の段階なので、かなり荒い議論となっていますが…

檜枝岐村

また新日本風土記の話しです。最近この番組の存在を知ったばかりですが、気に入って毎週見ています。2月10日に再放送されるということで取り急ぎまとめました。親分子分③は、後日更新します。 檜枝岐村は奥会津に位置する村ですが、ここも椎葉と同様に柳…

親分子分②

前回の記事で見たように親分子分の論理というのは日本の社会に深く根ざしているわけです。それは日本社会に良いものも悪いものももたらしました。 先に良いものの方を取り上げると、養子制度によって血縁に縛られず能力による登用が可能になったという点で、…

親分子分①

前回の更新からかなり時間が空いてしまった。3週に渡って続いた期末試験がやっと終わったので、これからはちゃんと更新出来るようにします。 今の日本でオヤと言った時それは血縁的な親を意味することが大半である。しかし柳田国男によれば以前の日本はそう…

レヴィ=ストロース講義録

レヴィ=ストロースは文化人類学者の中でもっとも有名な人物といっても過言ではないであろう。また構造主義を論じた人としても知られる。氏は日本の文化についても造詣が深く、柳田国男や本居宣長らの著作も読んでいるようです。今回はそのレヴィ=ストロース…

遠野訪問記

今回の記事は遠野物語で有名な遠野の訪問記である。もっとも訪れたのは昨年の2月なので、日記を見て思い出しながら書いている。 花巻からは釜石線に乗り一時間ほどで遠野駅に着く。遠野駅はかなり立派な駅であった。駅舎には屋根があり、駅員もいる。無人の…

民俗学の漫画

年が明けてからアクセスが5倍ほどに増えている。多くの方に読んでいただけるのはありがたいです。ただ試験期間中で余裕がないので、あと二週間ほどは書き溜めておいた記事の投稿になってしまいます。すみません。 あらゆるジャンルの入り口として漫画は有用…

「協同自助」の思想について

以前書いた「遊動論」についての記事の続きのような内容だが、自分の中であまり確証を持てておらず、かなり雑な議論を展開をしているので、メモ書きだと思って読んでいただけると嬉しいです。(期末試験の勉強の妨げにならないよう、もやもやしたものをとり…

同等一栄 ※追記あり

昨日1000アクセスを突破しました。このブログを読んで都農に興味を持ってくださった方がいたら嬉しいです。 ※再度見直したので「同等一栄」について書き直しました。 昨日NHKの新日本風土記という番組を見ていたところ興味深い話しがなされていたの記事…

勘十爺の頭 ※追記あり

新年あけましておめでとうございます。2017年も最低週に1度はブログを更新できるよう努めたいと思います。 都農では「勘十爺の頭(を結う)」という独自の方言がある。私は全く聞いたことはなく、私の親世代も聞いたことがあるものの意味まで把握出来ていな…

「九州南部地方の民風」について

柳田国男の初期の著作「九州南部地方の民風」において都農近辺のことが言及されているのだが、いくつか気になる点があったので触れておく。 以下引用 宮崎もまた純然たる新開地の町でありまして、土語方言というものだなく、諸国語の混合であります。この土…

「遊動論 柳田国男と山人」②

前回の記事の続きです。 さて、柳田の椎葉村=ユートピア論であるが、立論の時点を彼が訪村した明治四十一年七月以降と仮定して考察する。というのは、資料6と7で実証したように、少なくとも十八世紀中葉(寛永四年)における焼畑共有地配分には歴然たる格…

「遊動論 柳田国男と山人」①

柄谷行人の柳田国男論には大きな影響を受けた。しかしながらこれについては自分なりの批判もある。そこで「遊動論」についての批評を書いて行きたい。量が多いので2回にわけて書こうと思う。今回は「遊動論」のベースにある「協同自助」の思想についての理…

日吉神社の八王子山

先日滋賀県にある日吉大社に行った時の話しである。西宮、東宮への参拝を済ませ、1キロほどの急な坂道を登り奥宮に辿り着いたところ、あるおばさんに声を掛けられた。この先にご利益のある場所があるのだけれど、道が整備されておらず一人で行くのは怖いの…

ニギハヤヒ

以前都農神社の祭神について書いた記事において都農神社の祭神は大物主ではないかという考えを示したが、考えを改めたので新しく記事にした。考えれば考えるほどよくわからなくなるので、暫定的なものと思って読んで頂きたい。 まず都農神社の現在の祭神は大…

都農の磐座信仰

大神神社に行ってきて色々と考えが変わったので、改めて記事を書きたい。 以前は都農に移住してきた三輪氏が都農にある尾鈴山を三輪山に比定したのではないかと考えていた。しかし三輪山を訪れたところ、尾鈴山と似ても似つかぬ山であった。そのため以前の考…

大神神社

暇だったので、京都・奈良をぶらぶらしてきた。三輪氏の関係で都農神社と縁のある大神神社を訪れたので記事にしてみようと思う。 訪れたのは11月1日の朝10時ごろ。三輪駅から徒歩5分ほどで境内に着いた。平日であるにもかかわらず思いの外混んでいて驚…

吉備津神社について

都農町史に付属している明治末の地図によると木戸平に吉備津神社跡があったということが記されている。江戸時代には村社として信仰を集めていたようだ。戦後に木戸平神社として合祀されたという記述があるのだが、どこにあるのかわからない。 吉備津神社は吉…

都農の読み

都農を「つの」と呼ぶか「つのう」と呼ぶかについてのコラムが広報つのに掲載されていた。 広報つの|都農町 2011年3月号 都農(つの)を以前は「つのう」と呼んでいたという話しを夏に帰ったとき聞いたのだが、一人からしか聞くことが出来なかったので…

祖父母の話し

前回の記事の続きのようなものである。 まずは祖父の話し。祖父は都農の家で生まれ、育ち、亡くなった。曾祖母に相当甘やかされて育ったらしく、お坊ちゃま気質であった。中学を出た後は家業の馬車屋を継いだが、継いだときには経営が傾いていた。そのため祖…

都農の家の話し

都農にある祖父母の家について記事を書いてみようと思う。興味がある人はいないと思うが 笑 比較的珍しい名字で全国にも1000人もいない。秋月家に仕える臣下が名乗った名字のようだ。宮崎、福岡に見られる。 家に家系図があるような立派な家ではないので…

延岡の三輪神社

都農からだと、延岡は宮崎と同じくらい遠い。ちょっとした買い物は日向や高鍋で済み、出かけるならば宮崎市まで行ってしまうため、延岡に行くことはあまりない。高穂や大分に行くときに山沿いの道を通るぐらいだ。そのため延岡のことはあまりわからないのだ…

民俗学への思い

都農への思いと同様に民俗学への思いもいずれ書かなければならないと思っていた。これも同じように文章にするのが難しく、とりとめのないものになってしまった。 民俗学者の文章に一番最初に触れたのは中学3年の時に読んだ「遠野物語」であった。夏休みの読…

都農神社の御神体

都農神社の本来の御神体とは何だったのであろうか。町史や都農神社の方に記載がないため、現在の御神体は何なのかよくわからない。 ただ1578年に都農に大友宗麟の軍勢が乱入した際に御神体を矢研の滝近くまで避難させたとの記述や、1878年の西南戦争…

宇納間の地蔵

宇納間(うなま)の地蔵は美郷町の北郷地区の中心地にある。以前から思っていたのだが、宮崎には東西南北+郷の地名が多くややこしい。北郷が南郷の南にあったり、南郷が2つあったりとよくわからないことになっている。 美郷町は10年ほど前に南郷村・西郷…

都農の地蔵

湯の本にある都農の町営墓地の側に地蔵がある。都農には小さな地蔵がたくさんあるのだが(これについてはいずれ記事を書く)、ここの地蔵は子の健やかな成長を願うものである。 地蔵に子の健やかな成長を願い、よだれかけを奉納するのは全国的によく見られる…

都農の祭り

都農の祭りは県内でも有名で、都農の人たちも誇りを持っており、毎年楽しみにしている。私もここ数年行っていないが、祭りの時期にいとこ達がやってくるのもあって小さい頃は楽しみにしていた。 神功皇后が都農神社で新羅征討の祈願をしたという伝承に基いて…

ひょうすんぼについて

当ブログの名前にもなっている「ひょうすんぼ」は、都農あたりでは河童を指す。ひょうすんぼ(ひょうすべ)という呼び方は宮崎・佐賀を中心に九州一帯で見られるようで、兵主部が語源など諸説ある。ナスが好物だったり、毛深かかったりとカッパとは違った特…

民俗資料の管理

5月ごろに都農に隣接する木城町において民俗資料が無断廃棄されるという事件があった。 宮崎・木城町が民俗資料を無断廃棄 : 文化 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE) 要約すると、町に資料を預けていた住民からの返還請求によって今回の事件は発覚した。教育長…

尾鈴山について

都農といえば何を思い浮かべるだろうか。ワイナリーや都農神社、尾鈴山あたりだろう。最近だとトマトも有名だ。つのぴょんという最近出来た謎のゆるキャラの頭の上に全て乗っかっている。 」 つのぴょん紹介 そんな都農の顔とも言える尾鈴山が、山の方を眺め…