ひょうすんぼ

宮崎の田舎町、都農町についてとその他色々

このブログについて

当ブログでは宮崎県の中部にある田舎町、都農町に関連する事柄についてを記事を書いていきます。記事の中心は民俗的あるいは歴史的なものとなりますが、都農町の魅力についてもPRできたらと思います。 ちなみに当ブログの名前になっている「ひょうすんぼ」と…

都農の方に聞きたいこと 改訂版

以前も同様の記事を作成したのだが、半年以上経って聞きたいことも変化したので、改めて作ることにした。 各質問に関連した記事を質問の下にリンクしたので、興味のあるかたは覗いてみてください。 これらの質問以外の関することでも何かありましたら、コメ…

尾鈴山について 再考⑤-2 尾鈴神社と廃仏毀釈

尾鈴山は修験道の地としても知られていたようで、尾鈴山一帯には修験者が多くいたと言われている。尾鈴神社の信仰も修験者の影響を受けていてもおかしくはなく、実際貞享寺社帳によれば津野権現と呼ばれていたこともあるようである。また素盞嗚命は牛頭天王…

尾鈴山について 再考⑤-1 尾鈴神社と廃仏毀釈

尾鈴山の祭神については再考を書いたばかりである。それから一ヶ月もしないうちに追加で色々述べるのは少し気が引けるが、また尾鈴山の祭神について考えたい。 尾鈴山について 再考③尾鈴山と饒速日命 - ひょうすんぼ 1952年に開始された宗教法人の登記に…

都農と津野③※補足

都農と津野は都農神社の棟札にも現れる。これをどう解釈すればよいのかが問題となるため補足を加えたい。 1617年 都農神社の棟札の写し「奉再興津野大明神社壇一宇」 1686年 貞享寺社帳「都農神社 都農大明神」 1736年 都農神社の棟札「奉造立都…

都農と津野②

明治後期の地図には「津野」という地名は残っておらず、現代でも「津野」という地名は確認出来ない。聞き込みを行っても「津野」という字を目にしたことがある人は見つからなかった。 では「津野」はどこへ行ったのか。まず「都農」と「津野」それぞれの位置…

都農と津野①

以前書いた記事と一部内容が被る部分はありますが、大規模な修正をしました。 都農(ツノ)という地名を見てどんなイメージを持つだろうか。 漢字を素直に解釈すれば「農(業)の都」。いかにも地方の田舎町という感じだ。実際、漢字の意味が大まかにわかっ…

三輪氏について

三輪姓を持つ人が都農町に多く住んでおり、江戸時代末期や明治初期の資料を見るか限り、それなりに力をもった家であることも伺える。 その密度は全国でも5位以内に入るほどであり、県内に他に密集地がないことから何らかの要因があると考えられる。 三輪姓…

尾鈴山について 再考④ 尾鈴山の呼称

4回に渡って続いた尾鈴山再考も今回で終わりにします。 尾鈴山は今でこそ尾鈴山の呼称で統一されているが、以前は違ったようである。 再考①で登場した吐濃峯もそうであるが、他にもいくつかの呼称がある。 昔から今までに尾鈴山を、速日の峰と呼んでおるの…

尾鈴山について 再考③尾鈴山と饒速日命

再考①で尾鈴山で祭られている神と都農神社で祭られている神は同一だと記したが、この説には大きな欠陥がある。都農神社の祭神は大己貴命であるが、尾鈴山を祭る尾鈴神社、細神社は共に饒速日命を祭神としているのである。再考③では何故尾鈴山で饒速日命が祭…

尾鈴山について 再考②信仰の起源

尾鈴山の信仰の起源は何か。 御神体を避難させたことで尾鈴山信仰が生まれたとの説も採りうるが、避難させる以前の室町時代に尾鈴山と吐乃大明神の関連性が述べられている以上説得力を欠く。 また都農神社と三輪氏との関連性から、尾鈴山を三輪山に比定する…

尾鈴山について 再考①尾鈴山と都農神社

尾鈴山について以前記事を書いたが考えが変わったため再掲する。 尾鈴山そのものを祭っている神社として、尾鈴神社、細神社がある。両神社とも尾鈴山の近くにあり、尾鈴山信仰が生まれるのはもっともであろう。 今回考えるのは都農神社が尾鈴山信仰を内包し…

都農の民話

都農高校の先生が編纂した「つの町ふるさと物語」には町史に収められていない多くの民話が収録されていた。恐らく発行部数は少なく、図書館などにしか置かれていないと思われる。聞いたことがある民話と細かい点で内容が違うものも多く、その意味で参考にな…

日向諸県君と葛城氏

1、日向諸県君と葛城氏 西都原考古博物館で特別展として「日向諸県君と葛城氏」が展示されていた。 宮崎県立西都原考古博物館|開催中 5世紀に活躍した日向の諸県君と大和の葛城氏についての展示である。 以前紹介した「古代日向の国」という本で両者の関…

川南・西都の神社

1、平田神社(川南) 川南の中心部からほど近い地にある。祭神はヤマトタケルノミコト。 ヤマトタケルノミコトの熊襲征伐の際にこの地に宮が置かれたことが神社の由来となっているそうだが、都農神社と同様に大友宗麟の焼き討ちにあっているため、戦国時代…

都農の諸神社と古墳

1、都農の諸神社 以前都農の諸神社という記事を書いたが、今回は案内していただき小さな神社を中心にめぐった。 山間部の神社を除いて10社ほどを訪れた。かつて都農に子供が多かった影響なのか菅原神社が多い。菅原八坂神社という不思議な名前の神社があ…

県北の山体信仰

都農の名所の一つに尾鈴山が挙げられ、その信仰も厚い。尾鈴山の関連で今回は県北の山体信仰を取りあげる。 1、速日の峰 早日渡神社において祭られている。 速日の峰は饒速日が降臨した地として伝えられており、その意味で尾鈴山との関連性を見出すことも出…

美々津観光

美々津は都農から近いこともあって、よく通るのだが、町中を訪れたのは子供のころ以来だった。子供のころは祖父が仕事のついでによく美々津まで連れていってくれた。 美々津は国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されており、江戸・明治ごろの趣ある街並み…

つのぴょんと行く!都農町探検

都農の観光地や魅力が3分間にまとめられた、「つのぴょんと行く!都農町探検」という番組があることを今更ながら知った。 3分という時間であれば、細かな魅力も伝えられるであろうし、動画の方が文章よりわかりやすく魅力を伝えやすいので、都農の魅力を知…

何故郷土研究か

前回の記事のように郷土研究とは異なる内容を書くこともある。一応このブログの内容は郷土研究が中心となっている。 では何故郷土研究なのか。 私が把握している限りでは大学の周りに郷土研究をしている人はいない。趣味として取り組もうという人はあまり多…

民俗学の学際性

1、学際性の必要性 島村恭則氏は「フォークロア研究とは何か」[i]の結びにおいてフォークロア研究の学際性を強調している。 もう一つあらためて注意しておきたいのは、フォークロア研究は、人文社会系諸学の学際的状況の中で成立するものだということである…

都農町の誕生

1、明治維新後 1869年の版籍奉還に伴う藩政改革で現在の都農町に属する地域は川北郷と都農町とされた。都農町は商店街がある地域一帯で、川北郷はそれ以外の地域だと思われる。 その後同年10月には北庠という名で両地域は統一される。翌年にはまた北…

都農の歴史⑦ 戦後

1、戦後 戦後都農への復員者は約1300名、引揚者は約700名と合計2000名が都農に帰ってきた。しかし当時の日本は国土の荒廃と食糧難、激しいインフレに悩まされており、都農もその例外ではなかった。そのため長野、牧内、都農牧場へ入植が進められ…

都農の歴史⑥ 近代 大正・昭和前期

1、大正時代 大正9年に都農は村から町へと移行する。都農は児湯郡内でもっとも有権者数が多く、人口も川南と僅差の二番目であった。(町史では人口が郡内で一番とされているが誤記だと思われる。) さらに大正10年には日豊本線が都農まで延び、商業、農…

都農の歴史⑤ 近代 明治

1、明治維新の影響 1868年の明治維新から2年後には版籍奉還が行われたものの、実体は以前と変わらなかった。しかし版籍奉還から2年後の廃藩置県により名実ともに藩政が廃止される。その後都農は美々津県→宮崎県→鹿児島県→宮崎県という経過をたどる。…

都農の歴史④ 近世

1、江戸時代 都農は江戸時代一貫して、高鍋藩秋月氏の支配下に置かれる。 日向国高鍋領郷村高辻帳(1711年)には現在都農町に属する村々が挙げらている。寺迫村・征矢原村・長野村・瓜生村・岩山村・篠野別府村が記載され、石高は合計すると1983石…

都農の歴史③ 中世

1、鎌倉時代 日向國図田帳(1197年)によると、都農は殿下御領と呼ばれる藤原氏の荘園であり、「新納院百二十丁、右児湯郡内地頭掃部頭」に含まれる。新納院とは都農を含む荘園の名で、木城・高鍋・都農・川南を中心とした地域を指す。掃部頭とは源頼朝…

都農の歴史② 古代

1、中央政府との関わり 律令制が整備されていく中で、国郡里制が施工された。和名類聚抄(931~938年)には児湯郡都野という記載がある。 都農には駅(伝馬の設置場所)が設置されていたと思われる。都農の草書とよく似た「去飛駅」が都農駅に比定さ…

都農の歴史① 原始時代

都農の歴史について簡潔にまとめていく。参考資料は主に都農町史1998年になります。 1、縄文時代まで 縄文時代は温暖な気候で、宮崎の海岸付近では現在よりも5~10mほど海水面が高かったことが予想される。したがって現在の都農の中心部は海で、国道1…

戦時下の都農

まずは都農の戦時下について町史に書かれていることを簡単に書く。 都農は隣の川南に空挺部隊の演習場があった影響で、野営地の一つとなっていた。都農からも多くの兵士が徴集され、都城連隊に編入されて中国、フィリピンなどを転戦した。また沖縄県の糸満市…