ひょうすんぼ

宮崎の田舎町、都農町についてとその他色々

このブログについて

当ブログでは宮崎県の中部にある田舎町、都農町に関連する事柄についてを記事を書いていきます。記事の中心は民俗的あるいは歴史的なものとなりますが、都農町の魅力についてもPRできたらと思います。 ちなみに当ブログの名前になっている「ひょうすんぼ」と…

目次

年末ということで整理も兼ねて目次を作成しました。 古い記事は後に考えを改めることが多いので、目次にある記事を中心に参照してください。 ・都農の地名についての考察 都農と津野① - ひょうすんぼ 都農と津野② - ひょうすんぼ 都農と津野③※補足 - ひょう…

定期更新休止

週に一度毎週土曜日更新という形で続けて来ましたが、記事のネタ不足に困っており、しばらく休止したいと思います。 今後は不定期更新という形をとります。夏には都農にいくため8月中にはまとまった内容をかけるかなと思っています。 もし楽しみにしていた…

竜神

都農の明田の浜に竜神様が祀られている。 場所はわかりにくいが、リニアモーターカーの実験線をくぐって海にでて海沿いを北に歩いたところにある。 以前紹介した浦島太郎伝説と関わりがあるようで、浦島太郎がこの地に上陸したことが由来となっているそうで…

塵添壒囊抄 考察

2週に渡って紹介し た塵添壒囊抄の説話はどのような経緯で生まれたのであろうか。 説話から伺われることは、大きく5つある。 ①都農神社成立の権威付け 神功皇后の遠征において勧請されたという形で権威づけをしている。 ②航海の安全というご利益 船の守り…

山の背くらべ

いざ「塵添壒囊抄」を現代語に訳してみると、どこかで見覚えがあるような気がした。気になって柳田国男の著作を漁ってみると、「日本の伝説」という著作にほぼ同じエピソードが載っていた。 「日本の伝説」日本に伝わる伝承や伝説をある程度類型化してまとめ…

塵添壒囊抄 訳

塵添壒囊抄に都農神社についての記述が存在する。度々取り上げてがいるが、訳を作っておきたいと思う。塵添壒囊抄の説明については最期に引用する。古文は苦手なので修正点があれば指摘してください。 原文 日向國古庚郡、常ニハ兒湯郡トカクニ、吐濃ノ峯ト…

民譚

私は民俗学に関心をもっている以上、柳田国男の「遠野物語」や宮本常一「忘れられた日本人」のような民俗説話に関心はもっている。 今までこのブログではそういった民俗説話は扱って来なかった。説話それ自体が個人情報に該当する部分もあり、また私の文体が…

都農の方に聞きたいこと 改訂版その2

以前も同様の記事を作成したのだが、半年以上経って聞きたいことも変化したので、再度改めて作ることにしました。追加した質問は⑥以降になります。 各質問に関連した記事を質問の下にリンクしたので、興味のあるかたは覗いてみてください。 これらの質問以外…

都農と津野③ 問題点

都農の地名の由来ついて漢字と読みの両方から以前考察したが、これには問題点がある。以前考察したときから考えてはいるが結論が出ないので、とりあえず整理しておく。 吐濃(トノ)→都農(トノ)→都農(ツノ)←津野(ツノ) 都農と津野① - ひょうすんぼ 都…

都農参り

江戸時代にたびたびお蔭参りと呼ばれる、伊勢神宮参拝が流行したことはよく知られている。同様の現象は出羽三山など有名な寺社でも発生している。 高鍋藩という狭い範囲ではあるが、都農参りとでも呼ぶべき現象が発生していたようである。 1776年 近年猥…

国司巡視記

809年に編纂されたという「国司巡視記 日向土産巻之」に都農神社についての記述があった。 都農社 諸県郡 祭神 大己貴命日向一ノ宮是也 何ノ時代ニ一ノ宮ト祭ル事ヲ知ラズ 国司巡視記 日向土産巻之 上記記述によれば、都農の祭神は809年には大己貴命で…

尾鈴山系

以前いただいたコメントによって尾鈴山系という観点に気づいた。(詳しくは以下のリンク参照) 呪術信仰という観点 いただいたコメントを中心に考察 - ひょうすんぼ 尾鈴山は尾鈴山系と呼ばれる山系の中で最も高い山である。そのため尾鈴山に対する信仰は何…

民俗学と郷土研究

恐らく郷土研究を行っている人は江戸時代からいたであろうが、流行を見せたのは1930年代に入ってからである。国家主導のもと郷土愛を育み、愛国心を育てるために推し進められた。 そういった地方の郷土史家達の研究をまとめあげたのが、民俗学者の柳田国…

都農の歴史を調べるにあたっての課題

今まで度々触れてきたと思うが、都農の歴史を調べるにあたって大きな壁が存在する。それらについて整理したい。 1、大友宗麟による焼き討ち(1578年) 島津氏に日向を追われた伊東氏を助けるべく日向に入った大友宗麟は狂信的なキリスト教信者であり、…

呪術信仰という観点 いただいたコメントを中心に考察

いろはすさんから尾鈴山についての記事にコメントをいただいたのですが、興味深い内容であったため個別の返信に加えて記事として取り上げたい。 コメントは大歓迎ですので、すこしでも何かコメントしたいことがあればコメントしていただけると幸いです。 尾…

都農の地形

最近ブラタモリなどに代表されるように地形ブームが到来している。(?)私も地形は好きで、城や古墳の建つような見晴らしの良い台地が好きである。今回は都農町の地形について触れたい。 都農町の東部は宮崎平野の北端を占める。しかし平野部は狭く町の6割…

都農の太鼓台

都農の夏祭りといえば太鼓台であるが、その太鼓台の由来についてはわからないことが多い。 www.youtube.com 都農の祭り - ひょうすんぼ 各保存会では江戸末期ないし明治期に瀬戸内や上方から移入したことを言い伝えている。香川県大原野町や豊浜町ではチョウ…

西都原考古博物館 特別展、鹿野田神社

西都原考古博物館の特別展「豊と日向 日出る国の考古学」(18日まで)に行ってきた。 西都原考古博物館は豊日文化圏というものを想定しているようで、今回の展示はそれに則って行われたものだと思われる。豊日文化圏とは現在の大分県と宮崎県が古代におい…

高鍋城(舞鶴城)

高鍋城は高鍋町の中心部である平野に突出した台地の上に立っている。 高鍋藩を治めた秋月氏の居城であるが、もともとは平安時代末期に日向国一帯で権勢を誇った土持氏の居城であり、その後伊東氏、島津氏の所有を経ている。 高鍋の地はもともとは財部と呼ば…

尾鈴神社

尾鈴神社に行ってきた。 尾鈴神社は木戸平あたりから東九州道をくぐってすぐの山の上にある。(恐らく荒崎山)ふもとから車で約40分だが、道が狭い箇所や岩が落ちている箇所が多々あり、道から落ちる車が何台もいるということなので、訪れるのはあまりおす…

生目

宮崎市の市街地からほど近くにある生目地区を訪れた。 ①生目神社 生目という名から明らかなように眼病にご利益があるとされている。平日に訪れたのだが、参拝客が他に幾人かおり、信仰を集めていることが伺えた。 宇佐神宮の荘園管理のため八幡神を勧進した…

都農神社と熊野

尾鈴山は古来から修験者の修行の地となっており、都農神社は修験者の拠点となっていた。 寛正二年(一四六一)二月二五日の旦那売券(熊野那智大社文書)には日向菊池氏の一族が重代相伝してきた先達職の内容に、臼杵の「つのゝミや」などがみえ、当社は所属…

何故都農神社が一宮なのか②

『日本三代実録』天安2年10月22日己酉条(858) 授二日向国従五位上高智保神。都農神等従四位上。従五位上都万神。江田神。霧島神並従四位下。 神道・神社史料集成 日本三代実録によれば9世紀半ばには既に、都農神社と都萬神社の間に差がついている。11世…

何故都農神社が一宮なのか①

都農神社が一宮であることは一つ大きな問題である。 都農の属する日向国では古代から近世まで現在の西都市妻のあたりを中心に栄えていた。西都原古墳群の規模は全国有数であり、都農の古墳群は比較にならない。国府や国分寺なども妻におかれ、戦国時代日向を…

都農と似た地名

島根県江津市に都農郷とよばれた郷があったという。完全に都農町と同じ漢字と読みである。 現在でも地名は残っており、都野津駅という駅が山陰本線にはある。2年ほど前に通ったことはあるが、爆睡していたので覚えていない。 都農との交流は確認出来なかっ…

大己貴命と大国主命

都農神社の祭神は大己貴命(別名 大国主命)ということになっている。 日向国一之宮都農神社公式ホームページ 大己貴命と大国主命を単純に同じ神として考えてよいのかという問題がある。古事記には大国主命の一名として大己貴命があげられていることを根拠と…

四国と都農

都農を含む児湯郡には四国とりわけ高知や愛媛からの移住者が多いように思われる。ここでいう移住者は近年の話ではなく、江戸時代以前の話である。 柳田国男も椎葉に向かうためこの地を通った際に以下のように述べている。 宮崎もまた純然たる新開地の町であ…

PR動画

都農のPRをする動画が公開されている。 宮崎県「つの町」(都農町PV) - YouTube 近年の動画サイトの躍進や国からの交付金の兼ね合いもあってこういったPR動画を公開する自治体が増えている。 率直に述べるならば都農のPR動画は良くもなければ悪くもない。魅…

尾鈴山について 再考⑤-2 尾鈴神社と廃仏毀釈

尾鈴山は修験道の地としても知られていたようで、尾鈴山一帯には修験者が多くいたと言われている。尾鈴神社の信仰も修験者の影響を受けていてもおかしくはなく、実際貞享寺社帳によれば津野権現と呼ばれていたこともあるようである。また素盞嗚命は牛頭天王…